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DATE: 2008/07/18(金)   CATEGORY: 演歌
"出世街道"演歌旅2-3
歌について。

家に大きな蓄音機があって、4歳の時に最初に買ってもらったレコードが川田正子さんの「みかんの花咲く丘」でしたね。
小さなころは童謡でしたが、10歳の時に美空ひばりさんの「悲しき口笛」をラジオで聴いて、本当にしびれてしまいました。
以来、ひばりさんを中心に歌謡曲ばかり歌いました。
当時は小、中、高校とも学校で演歌を歌うのはご法度です。
ただ、修学旅行や謝恩会では許されました。

中学の修学旅行は洞爺湖、函館方面でした。函館の観光バスの中で私がひばりさんを歌うと、運転手さんが急にバスを止めて、マイクを用意してくれたんです。「何曲でもいいからひばりを歌ってほしい」と。
高校でも謝恩会など何かあると、先生から、「畠山、ひばり歌え」と声が掛かりました。

高校は士高です。士別高校を地元ではそう呼びます。
夏は自転車、冬は下士別の無人の停車場から宗谷線で汽車通です。

ちょっと自慢させていただければ、小、中学校ではよく勉強しました。
高校に入ったら数学以外は勉強はあまりしなくて、部活のバレーボールが中心の生活。
勉強は二の次でしたね。

忘れもしません。高校2年の昭和31年7月5日、午後の1時間目の授業中です。先生が教室に飛び込んできて「畠山、家が火事だ。すぐに帰れ」って・・・。
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